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東京の水辺  対岸三十六景 TOKYO SHORES  36 VIEWS from the OTHERS

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写真・文:Mark Robinson B5版 ソフトカバー 56ページ カラー パノラマフィルム、35mm、デジタル写真。 エッセイ8編。すべて日本語、英語併記。 Mark Robinsonマーク・ロビンソン 1961年東京・新宿生まれ、オーストラリア・シドニー育ちのライター兼編集者。シドニー、ロンドン、舞台照明の仕事に就いた後、1988年 から日本を拠点にする。 1990年代より執筆活動を開始。街雑誌Tokyo Journal副編集長を経てフリーペーパー「Tokyo Atom」を創刊・編集長。 その他、食べ物雑誌「Eat」編集長、「Izakaya: Japanese Pub Cookbook」執筆。 2018年白黒写真展ロック・バンド「フリクション」と松江市の神魂神社;2013年より東京の川辺を中心に取材・執筆。 東京の水辺:対岸三十六景 前書き 内在する隔たり 僕は浅草や墨東をよく歩いている。最初、写真は気分転換のようなものだったけれど、古い建物が消えていくことに気づいてから、段々と街の情景を撮り始めた。解体と再開発は街区を次々と槍玉に挙げていく。昭和期の住宅や商店はコインパーキングやマンションに変わってしまった。見知っていたつもりの細道や入り組んだ路地でも、建設現場の囲い、数多の更地、新築のホテルが、しばしばその場の記憶を消し去ってしまう。ここには何があったんだっけ? 僕はフィルムで撮る方が好きだ。化学反応というのがいい。フィルムの命運は尽きて、現像所もシャッターを下ろしていくのだけど。 東京の東側の河のあたりだと、西側に比べて空が広いせいか、日光が細やかだ。東京に接している海岸も同じような光芒に包まれている。ダイヤルを一段ずつ下げるように陽は移ろい、時刻は遅い朝もしくは昼が永らえていくようだ。浅草から電車で河を越えると、日付変更線を跨いでしまう。玉ノ井(現在の東向島)の遊郭を書いた永井荷風は、きらびやかなホールの中の染みや汚れを見い出すよりも、掃き溜めの中に美しさの微光を拾い上げたいというようなことを言っている。 豊洲で、友人は照明をつけないまま大きな部屋でタンゴを踊っていて、太陽はカーテンに注ぎ染みる。 江戸は水の都市で、屋敷の廊下みたく運河で織り上げられていた。東京では、生活は流動的なままで、内面も外殻も共に漂って行く。時に僕は水族館の中に閉じ込められているような気分になる、その流れは雑多な事どもを街の隅に掃き寄せていく、やが流し去ってしまう前、ひとときの間。